事実は小説よりも奇なり。

Akane’s blog 備忘録

昨日のつぶやきとその考察

以下、昨日のつぶやき

 

女は恋愛上書き保存できるんじゃないんかー、全然進まんわ。
何だかこの自分って失敗作やんっていう感じが日々強くなっててどうしようもない。なぜ、遺伝子を残してしまったのかと申し訳なくも思う
我が子の将来を考えるとっていう意味で、我が子は割と最高傑作だと思う。(適切に愛情を注げてるかとかそういうのはまた別の話しだけど)
よくうちのママが、本当に私の娘にしては良く出来た子で、出来過ぎなくらいよ❤︎と私のことをよく人に言っていたけど、すごいその感覚わかる。最近。
とりま、私のような母親でごめんなさいって気持ちが強すぎて困る

 

【考察】

つぶやきって結構な本音が出ていたりするな、と。リアルタイムな私。

恋愛云々に関しては、もう何だか利害関係とか考えて恋愛してしまうようになったからか、お金だけにあらず、その恋愛に時間を割くことによって私は結果として得なのかとか。費用対効果的な。睡眠時間を削ってまでするような恋愛なのかとか。

そう考えると昔の勢いに任せた純粋な好きという思いから発生する恋愛の方が、ふりかえれば何倍も美しくて、過去の人が素敵にみえるのは全くもって不思議ではない。

 

子供に対する愛情に関しては、私は今までというか現在進行形で、愛せてないなとか、愛情不足やなとか、思ってはいたのだけど、だって無条件に愛さないし、腹が立つことをされればイライラするし、見てるだけでかわいいとか全くないから。

でも、いっしょに暮らす中で、我が子の将来を心配したり、この子が幸せになるためにはわたしはどうすればいいのかを、足掻くように悩んだり、挙げ句の果てには自分の存在を消すことが、この子の将来の為になるのではないかとか、本気で考えているあたりが、もう間違ってはいるんだけど、愛情なのではないかと。

 

こういうのって俗にいう歪んだ愛情ってやつね。と思うのだけど。

 

こんな風につぶやいて、ブログにしたため、更に考察することでしか、我が子への愛情を確認できない私は、感度が低いなと思ってしまうけれど、ようやく自覚出来たことは良かったかな。

 

電車で斜め前の人が海辺のカフカ読んでいるけど、電車で村上春樹読むのって私は結構恥ずかしいって感じちゃう。